双子育児と脊髄炎の記録

この経験がいつか誰かの役に立てますように

リハビリ病院に転院した

双子が入院している病院から車で10分くらいの距離にあるリハビリ病院に転院した🏥

病院の第一印象はとにかく古い。そして入院対応をしてくれた看護師に抱く不信感(採血オーダー見落としてて2回採血されたり、使っちゃいけないエレベーター使って他の職員にガチギレされてた)、そしてシャワーは週2しか入れないという絶望感(後に交渉して日曜以外入れるようになった)。初っ端から不安すぎて泣いた。とんでもない所に来てしまったと…

この時の支えになってくれたのは担当のSWさん。毎日部屋に来て話を聞いてくれて、入院中に双子の面会に行けるように調整してくれた。この人がいなかったら挫けてたと思う。

双子の面会でオムツ交換や沐浴を練習して課題を見つける→動画に撮ったものをOTさんに見てもらって評価→課題を克服するためのリハビリ→面会…というサイクルを繰り返して、不安要素を最小限にして退院出来るようにする計画🔁まずは週3回で面会に行った。

夫と娘に会えて体力作りやリハビリになってメリットばかりだった。モチベーションも維持できた。ただ午前リハ→午後面会→病院に帰ってきてシャワーと慌ただしいから面会の日は疲労が強かった…🫠

そりゃ切迫で絶対安静の生活を1ヶ月半送って緊急帝王切開からの発症、麻痺で寝たきりなんて体力も筋肉も落ちるに決まってる🫠

疲労が溜まると思考もマイナスになりがち。日に日に出来ることは増えて体力や筋力もついてるはずなのに、出来ないことに意識が向いてしまって自信喪失して泣いたりした🫥

泣いたら切り替えてリハビリして、面会に行って、また泣いてリハビリして面会して…という日々の繰り返し。

気づいたら左手で字を書いたりご飯を食べることは無くなった。シャンプーも両手で出来るようになったし、リファの重たいドライヤーも右手で持てるようになった。階段の上り下りもゆっくり出来るようになって、今はスキップやジョギングの練習をしてる。長い目で見れば、急性期病院にいた頃はまだ想像も出来ないくらい回復してきている🏋️

発症後初めてペットボトルを開けられた朝は嬉しくて泣いた。その次はプルタブが開けられないことに気付いてすぐOTさんに「プルタブも開けられないと困る!」と話し自主トレが追加になった☝️f:id:shiro__333:20230423095827j:image
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あと1ヶ月半の入院でどこまで回復するかが今後の生活に関わるから全力を尽くす。そして半年後には発症前と同じくらいの体力と筋力をつけて、双子を育ててるはず🔮